パートナーインタビュー
研究や教育に注力できる環境をつくる
野地研伝票管理システム・発注管理システム
東京大学 野地研究室
准教授 田端 和仁
「サイエンスを極め、新技術を開拓する」を理念に、ATP合成酵素の1分子生物物理学を主軸とした研究を行う。世界で初めてATP合成酵素が回転モーターであることを実証。フェムトリットルリアクタ技術を独自開発し、バイオアッセイのデジタル化の工学研究を展開。企業と共に実用化研究に取り組んでいる。また、細胞内ATPを可視化する蛍光タンパク質の開発、リアクタ技術を利用した人工細胞リアクタ開発も行っている。
まえがき
一般的な企業でもシステム化されていない業務は多くありますが、大学内ではより顕著に手作業で行う業務が多く、また大学の研究室という環境もあり、オープンソースのツールを導入することが難しく、日々の業務に追われ最適化されていないという現状でした。今回は、その一部である研究員と教員が教材などの物品を購入する際に行われていた工程をシステム化した、発注を承認する管理ツールを開発しました。その他にも、普段は発注商品の取りまとめだけでなく、大学への稟議提出、メーカーへの発注など多くの工程を人が行い、中には二重の手間になるものもあるそうです。こういったシステムを導入されるにあたり、顕在化している課題の詳細や、企業との取り組みについてお伺いさせていただきました。
- 元々の発注承認フローにおいて、どういったところで問題点があったか、お困りだったかを詳しくお聞かせいただけますでしょうか。
- 僕らの研究室だと年間1億円はいかないですけど、数千万円単位を色んな発注に使うんですね。なんですけども、記録としては残ってなかったんですよ。大学本体の方にはあるんですけど、研究室としては記録を持っていなくて、誰が何を買った、誰がどれくらい買ったっていう情報が全くなかったんですね。それを視える化したいという目的が今まであって、前々からずっとそういうシステムあったらいいなとは思ってたんです。それで今回お願いをすることにしたんです。もうひとつの目的は、誰が何を注文しているプラスα、その後の購入プロセスでものすごく手間がかかるんですよ。それを楽にしたいっていうのがあって、今回の発注システムあるんですけど、実は僕らはもうちょっと先に伸ばしたいと思っていて、更に広げたいと思ってるんですけど、もっとその自動で発注とか、発注管理もそうですけども、大学に対しての支払い請求だとかそういうとこまでを全部自動化して、省力化するようなシステムを作りたいと思っていて、その第一歩として今回の発注システムだったんですよね。
- 業務の全容の中でやらなくてもいいような作業を自動化していくことが必要かと思いますが、改めて教員の方の主な業務の内容や全体的な作業のボリュームを教えていただけますでしょうか。
- 教員の仕事って教えるだけじゃなくて、研究室の管理運営もありますし、その中にかなりのものが含まれちゃうんですけども、さっき言った伝票の処理とかもありますし、それ以外で言えば、僕は応用化学科というところにいるんですけど、専攻の事務ですよね。あとは、学生に対する講義とかもありますし、研究をやらなきゃいけない立場なんだけども、他の労働がたくさんあるという状況です。その中でも伝票の処理なんかは、僕らじゃなくてもいい。なので、僕らは秘書さんを雇っているんですよ。それぐらいしないと僕ら手が空かないんですよね。それを自動化することで、秘書さんも別の労働に時間をかけられるので。発注っていうのも完全に自動化できると思うので、そこを何とかしたかったんですよね。それを全部僕がやっちゃうと、3~4割くらい事務の労働になっちゃうんですよ。それを減らしたいっていうのがありますよね。
- 教育の面でのモチベーションってありますか。どのようなものでしょうか。
- ありますよ。僕は教育好きですよ。授業やるのは大変ですけど、人が育っていくのは好きですね。学生がサイエンスに興味を持って、何か自分で新しい発見をしたりだとか、今回みたいに何か新しい発見がビジネスにつながっていくのも面白いと思いますし、純粋にサイエンスで名前をあげていく姿を見るのが楽しいですね。
- 一般的に教員の方はそういう感覚があるのでしょうか。
- うーん、だと思いますけどね。じゃないと多分やってらんないと思う(笑)あとは自分の研究がやりたいから、とりあえず大学教員って人もいるとは思いますけど。僕らは欲を言えば、教育と研究だけしたいんですよね。
- 田端先生は、教育と研究ではどちらに重きを置いていますでしょうか。
- 僕は半々くらいです。研究は研究で自分の知識欲を満たすために面白いと思うし、学生たちが育っていってどんどん新しいこと見つけてくれるのも面白いと思うし。
- 業務の中で様々なツールを使われていると思いますが、例えば論文管理ツールであったり、身の周りで使用されているサービスなど独自のものでも構わないので、お教えいただけますでしょうか。
- 独自のものってあんまりないですね。文献管理サービスっていうのかな、それは僕も使います。あとは何かな、Slackとか。僕ら基本的にMacを使ってるんですけど、研究で使っているものもあるにはあるんですけど、それはもう解析プログラムとかですよね。僕ら画像解析をやるんですけど、画像解析も自動化できるものの一つなので、自分で一つずつ解析していくよりも、自動化した方が早いので、そういうのは自前でつくったり、そういう形で作ってくださいと依頼をしたりっていうのはありますね。
- 身の周りの中で自動化できるもののは他にありますでしょうか。
- うーん、あとは教育に関わることですかね。学生の出席とか採点もそうですし、成績登録とかもですね。それも大学のシステムがあるんですけど、今も一個ずつ手で入力しなきゃいけないんですよ。それはいつも自動化したいなって思いながらやってるんですけど。
- それは大学が用意しているシステムがあって、それを使用しているということですか。そのシステムはどこかの業者さんが作られたものでしょうか。
- はい、そうだと思いますね。ただ、コロナもあって、大学のそういうシステムがアクセス集中に弱いことが分かったんですよ。結構、頻繁に落ちるんですね。それで、多分これを機に改修って形になるんじゃないかなと思うんですけど、とりあえず今のところは、そういう話は出てきてないですし、変わってないですね。
- 教育として誰かの技術を移管するためのツールだったりを、研究室内で持つということについてはいかがでしょうか。
- データの解析ツールみたいなのは、そういうやり方ができるんですけど、結局僕ら実験の手技なので、なかなか難しいんですよね。誰かがやって見せたとしても、次の人は同じようにできるか分からないっていうのがあって、その人が自分で試行錯誤しながらやらないと上達しなくて、そこは職人みたいな世界なんですよね。研究室内のベーシックな教育っていうのは、Youtubeみたいな話ですよね。ビデオ作ってこれ観たら、研究室でやってることの概要が分かりますとか、使っている解析ツールの原理分かりますとか。
- これまでいろいろな企業との取組をされていると思いますが、大企業から私たちのような小さなベンチャー企業問わず、どのようなお取組みを希望されているのかお聞かせいただけますでしょうか。
- 大学って大学全体の組織と、研究室単体の組織なんですよ。基本的に研究室に大きな権限があって、発注とかもほとんど研究室でできちゃうんですね。だから、教授は中小企業の社長と同じってよく言われるんですよ。権限が一人に与えられていて、ほとんどのことができる。ただし、色んなことやらなきゃいけな過ぎて忙しい。それで、僕らの研究室のレベルで話をすると、レスポンスのスピードが重要だと思っています。そういう意味で小さい会社とコンタクトを密に取りながらやれるっていうのは、非常にありがたいですね。そういう意味で、ベンチャー企業でもちゃんと仕事をしてもらえるんだったら是非やりたい。だけども、僕らはそういうチャネルを持ってないっていうのがあって、紹介とかじゃないとそこにアクセスできない。今回も、紹介してもらってお仕事できたんですけど、なかったら全然どうしようって終わってたと思いますね。
- そういう窓口は開いているということでしょうか。
- 全然開いてます。どこもそうだと思います。やりたいっていうこともいっぱいあると思う。今回の伝票処理も、実は皆(他研究室)困ってると思うんですよ。今は発注管理だけですけど、それだけだったら自前でなんとかっていうこともあるかもしれないですけど、そのあとの伝票処理、発注処理、支払処理ってなると、相当な労働が皆かかっているので、それなりの予算を動かしている研究室だったら、何とかしたいって思っていると思います。
- オープンソースやフリーのツール、既存のサービスでは難しいということでしょうか。
- はい、結局は大学のシステムとつながらないんですよ。そこつなげるところで、手入力しなくちゃいけなくなるっていう、無駄なんですよ。カスタマイズしてつなげてしまって一貫しているっていう状態にしたら一番いいですよね。
- それほどやるべきことに注力されたいと言うことですね。
- はい、そこまで自動化しないと意味がないと思っていますね。今回は発注システムですけど、もっと先までシステム化したいと思っているので、またお願いいたします。
- はい、そこのゴールを目指してシステム化していきたいですね。今後とも宜しくお願いいたします。本日はありがとうございました。
あとがき
野地研究室で行っている研究の内容をお聞きしたとき、この先の人々の生活を変え得る、本当に革新的な研究を行っているんだと高揚したことを覚えています。ウェブサービスや、インターネットの領域では叶えることができない、0から1を生み出す可能性が、研究者が積み上げてきた研究の中にあるということを知り、その価値の重さを体感しました。その反面、私たちの業界では考えられないような部分まで人が手作業で行っている現状に、非常にもどかしさを感じました。今回はご縁があってお話をお伺いできましたが、技術とは何のためにあるのだろうと今一度考える機会を与えていただいたと思っています。悩みや困り事を解決することは通過点であり、その人にしかできないこと、その人にしか考えられないことを引き出していく環境をつくることが、私たちが培ってきた技術を活かす目的なのかもしれないと思いました。無駄な労力やコストが生む悪影響は、新しい可能性の芽をすべて摘み取ってしまうほど、想像以上に大きいと考えています。しかし、新しい挑戦や変化にも多くの労力やコストがかかり、リスクと捉えるべき場面もあると思います。そういった判断材料が多くある中でも、ゴールはどこか、実現したいことは何かを常に問い、同じ未来を見据えることのできるパートナーを目指していきたいと思いました。